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20代のモラトリアム

働くことが嫌すぎて仕事を辞めてニートになったゆとりのブログです

ニート歴2ヶ月だけど再就職できる気がしない

ニート日記

 

無職になって2ヶ月ちょい経ったけど、やはり無職生活は最高。

昨日は23時頃に寝て、日付が変わる前に寝れるとか無職最強かよと思ってたけど、ふと夜明け前に目が覚めて、

 

いつまで今の暮らしを続けるのか。

 

本当に今のまま時間が経っていいのか。後悔しないか。

 

この先の人生どうなるんだろう…。

 


という考えが脳を支配しはじめて寝付けなくなった。

 

現実問題として金銭的や家族など自分を取り巻く状況的にも、いつかは再就職してまとまった収入を稼がなきゃいけないよなあと諦めてはいる。
俺が頑なに労働を拒むのも、本当は1社目が合わなかっただけで、別の会社でもう一度挑戦してみたら上手く行くんじゃないかという疑念もある。

 

1度だけで判断するのは早すぎるんじゃないか、どうせいつか再就職するなら早期に越したことないよなあと。もし2度目もダメなら俺はもう真っ当な労働を諦めるだろうけど。

 

だけど俺は前の職場や仕事内容が合わなかったのもあるけど、労働そのものが辛くて辞めた部分が大きいから、何度就職しても同じ過ちを何度も繰り返すことになる自信があるんだよな。

だからといって会社に依存せずに自分で稼ぐのも、方向性も定まってないし色々足りないものが多すぎるから現状では難しい。

 

 

就職しなければいけないよなあと思いつつも、再就職できる気が微塵もしない

就職という言葉にリアリティを感じなくて他人事のように思えてしまう

企業に受け入れて貰える気がしないという意味でもだし、就職したりバイトしたりしたら今の自由な時間を削ることになる。

好きな時間に好きなだけネットや娯楽を楽しんだり特技を磨いたりなど、時間という最も重い価値の財産を手放してしまうのが勿体なく思えてしまう

退職直後は手続き関係もあってハロワによく行って求人を探したりセミナーに参加したりしてたけど、もう一ヶ月以上行ってない。

 

 

ーーー結構長いこと眠れなかったはずなのに、結局いつの間にか眠っていて、会社に行っていた頃と同じ時間に設定したアラーム音で目を覚ました。

意識が覚醒したら夜明けの葛藤を思い出してたんだけど、あの頃の、

日中頭にモヤがかかって昔の楽しかった思い出を顧みるくらいしか楽しみがなかった日々、上司に怒鳴られて謝罪した時の気まずい雰囲気、先輩上司にパワハラを受けた記憶や、やる気がなくて浮いていた職場の光景が次々に蘇ってきて、

それに比べて今の無職生活は、エア出勤というクソみたいな生活を強いられるストレスはあるものの、時間の縛りや責任から開放された、これ以上ないくらい幸せな時間を生きれていることを思うと、将来に対するネガティブな考えは霧散してポジティブな気持ちに切り替わった。

 

20代のモラトリアムというブログタイトル通り、若くて貴重な20代の時間は、人生の中でも特に価値のある時間で、俺はその時間を自分で納得できる方向に使いたいんだよ。

その時間を長時間拘束でやりたくないことと引き換えに使ってしまうことがとても勿体なく感じるし、苦痛で彩られた20代の人生なんて空虚だと思う。

 

だからもう少しだけ休むことにしよう( ˘ω˘)

 

 

こちらの記事もどうぞ

 

senn.hatenablog.com

 

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努力してますアピールする意識高い系は分かってない

チラ裏

https://www.pakutaso.com/shared/img/thumb/PAK15_notepenhikkiyougu20140312_TP_V.jpg

 

リアルでもネットでも、筋トレアピールや英語の勉強アピール、資格勉強してますアピールしてる奴のことが好きになれない。(どれも自己啓発本で筆者がアピールしてることが多い)

 

いや勝手にしてくれればいいんだけど、聞いてて格好良くないし勿体無いなあと思う。

 

努力する過程をひけらかすのは自分のための勉強と言うより、他人にいつも頑張っている自分を認めて労って貰いたいという意識が見え透いているからだと思ってしまう。こういう人が意識高い系だと言われているんだろう。

 

承認欲求は努力のモチベーションになるし悪いことではない。頑張りを人に言いたくなる気持ちは分かる。だけど成果をアピールするのは例えば、

 


・英語を話す必要がある時に、周りの誰も英語が話せない中で、自分が英語を話して無双できる時。

 

・薄着になったり裸になった時に肉体を主張できる時。

 

・普段全然勉強してない素振りをしておいて周囲の予想を裏切って資格試験に合格した時。

 


そういうここぞというタイミングで存分に見せつけてやれば超かっこいいのに。

 

地道な日々の努力は隠しておいて、ここぞという時に力を発揮することが男の美学だと思いません?

 

好きになれないといったのは透けて見える自己顕示欲が鬱陶しいのもあるけど、俺の美学に反しているからのほうが大きいと思う。俺はこれからも秘密主義で行くわ。

 

 

senn.hatenablog.com

 

この記事は筋トレしてるアピールと言うよりかは、自分が思う筋トレの魅力とモチベーションを維持するための精神を書きたかったから書いたもので、努力アピールではないはず。。。よければこちらの記事もどうぞ

最近観た映画の感想

映画

ショーシャンクの空に

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ショーシャンクの空に』(原題:The Shawshank Redemption)は、1994年に公開されたアメリカ映画。刑務所内の人間関係を通して、冤罪によって投獄された有能な銀行員が、腐敗した刑務所の中でも希望を捨てず生き抜いていくヒューマン・ドラマ。(Wikipediaより)

 

アメリカの小説家、スティーブン・キングの短編小説の映画化作品。

ショーシャンクとは刑務所の名前らしい。

 

アンディはかっこいい主人公だった。

妻に浮気された挙句、冤罪になって、19年も刑務所で暮らすことになって、独房にぶち込まれたり、ホモにぶち込まれたり(ホモはクズってはっきり分かんだね)、運がない男なんだけど、それでも希望を持つことの素晴らしさを、自分の力で脱獄して自由を掴むことで証明した。

賢さやしたたかさ。逆境の中でも生きようとする精神力。アンディの人間力に憧れる。

 

刑務所から脱獄して自由を掴んだアンディ。自由のない刑務所でしか生きられなかったブルックス

「必死に生きるか、必死に死ぬか」とはレッドの言葉だけど、必死に生きて自由を掴み取ったアンディに対して、必死で死ぬことを選んだ所長という対比も面白いと思う。やっぱり主人公だ。

 

後は、悪事を働いた人達がきちんと報いを受けるところもスッキリすると思う。でも悪事の限りを尽くしてきた所長が追い詰められてあっさり自殺して終わったり、妻殺しの真犯人が逮捕された様子がなかったのは残念だけど。

 

ライフ・イズ・ビューティフル

ライフ・イズ・ビューティフル [Blu-ray]

1997年のイタリア映画。ロベルト・ベニーニ監督・脚本・主演作品。第二次世界大戦下のユダヤ人迫害(ホロコースト)を、ユダヤ系イタリア人の親子の視点から描いた作品である。(Wikipediaより)

 

舞台は1900年前半のナチス政権によるイタリアが舞台。

民族主義による差別の是非を問うなどの政治的主張はなく、父が幼い息子とともに、収容所生活を生き抜こうとする家族愛がテーマ。

 

前半はコメディ要素が多め。

特に面白かったシーンは、一目惚れした女ドーラを口説くシーンでマリアに誓うことが次々と都合よく現実になったところと、将校に食事のメニューを誘導させて、手を付けてない客の料理をそのまま持ってきて渡すところ。特に意味もなく帽子をすり替えたりする主人公グイドが面白かった。結構過激に他人に迷惑をかけまくるから人によっては嫌悪感を抱くかもしれない。

 

気になったのが後半部分のシリアスシーン。

ドーラと結婚して息子ジョズエが生まれるんだけど、家族で収容所送りにされてしまう。ジョズエには恐怖や不安を与えないように嘘を教えることで希望を持たせるのはいいけど、嘘翻訳する所とか流石に無理があるだろと思った。

刑務所内でも、機転を利かせてあれこれとドーラにサプライズをしたりするけど、子供とともにそんなリスク犯すとか自殺行為だと思うんだけど。

 

最終的に、グイドは脱走する際に見つかって銃殺されてしまう(あっけなく死ぬから、らしくなくて逆に驚いた)。

エピローグで、成長したジョズエの「父が授けてくれた命は私への贈り物だ」的な語りで締められるけど、ジョズエ目線ではそうなんだろうけど、視聴者目線にはこれまでのグイドの行動を振り返ると散々他人に迷惑をかけているのに、グイドを聖人のように美化して感動話にするのは少し腑に落ちないかも。

 

タイトルを直訳すると『人生は美しい』。自分の息子のために自分の命を捨てることになったグイドの人生も、父から守ってもらったジョズエの人生も、どちらもタイトル通りの人生だと言えるだろう。

 

言の葉の庭 

劇場アニメーション 『言の葉の庭』 (サウンドトラックCD付) [Blu-ray]

言の葉の庭』(ことのはのにわ)は、新海誠監督のアニメーション映画。2013年5月31日公開。新海の初めての「恋」の物語と銘打っており、万葉集を引用している。(Wikipediaより)

 

ハイクオリティな映像美や音楽と文学的な世界観がマッチしてて、心が洗われるような気分になれる作品だった。

 

雨が降った日にしか会えない人と会うために、雨の日を楽しみにするっていう設定が叙情的でいいね。

 

雨は涙や悲しみの象徴。結局二人は離れてしまった。

 

お互いに"歩く"練習をしていた途中で、いつか自分の"靴"できちんと歩けるようになった時、雨の中待っているだけだった主人公は先生を追いかけて、再会する時が来るのだろう。その時は晴れてるのだろうか。

 

雷神(なるかみ)の 少し響(とよ)みて 降らずとも 我は留らむ 妹し留めば

 

ヒロインのゆきの先生は、『君の名は。』で三葉の先生として出てたみたいですね。。。できれば自分で気付きたかった。

ニート日記

今日の昼飯は焼肉ランチ。500円。

 

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一人焼肉は人生初。客が俺以外誰もいなかったから正真正銘の一人焼肉。

自分のペースで食べられる焼肉は気楽でいい。

 

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豚肉6枚だけで少し物足りないけど、御飯と味噌汁のおかわり無料だから腹一杯になった。

スーパーでデザートのアイスを買って、通りかかった小学校の校庭を見ながらアイスを食べた。

 

 


 

12時半。最寄りの公園の椅子に腰掛けてこれを書いている。

この時間帯はいつも家にいるから、白昼の空を仰いだことはありそうでなかった。

今日は空も風も心も穏やかだ。

仕事をしてた時は、辞めた後は天気が良い日に公園で始業時間を気にせずに昼寝をすることに憧れていたっけ。夢が叶ったわ。

 

だが結局15分位で飽きて日光が煩わしくなって帰宅した。

 

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いつまで俺はこんなコソコソ逃げ隠れる毎日を過ごすんだろう。

気づけばもう2ヶ月経ってしまった。

もうハロワにも1ヶ月位行ってないわ。何もしないし用事もないこの日常を手放したくない。まだやりたいことは無限にある。だけどこの先ずっとこのままでいいのかと言う思いが頭から離れない。俺が楽しいと思える方向に変化が欲しい

桜と卒業と人生と

チラ裏
3月1日は卒業式の学校も多いだろう。こっちの地域では祝福するような曇り空だ。
 
 
大学生や高校生で4月から就職する人はおめでとう。めでたく懲役45年の刑だ
会社にしがみついていたら、この先ろくに休みももらえずに、家と職場を往復する、代わり映えのない毎日を繰り返す人生だ。
 
「人生は働くためだけにあるのではない」。仕事や今の職場が好きな人はずっと働いてればいいけど、就職したものの働きたくない人も中にはいると思う。そういう人に言いたい。嫌ならいつでも辞めれるようにスキルを身に着けて、ダメだと思った時にいつでも転職できるように準備しておこう。
ずっと働き続けるのは辛くなるし、疲れたと思ったら仕事をやめて1、2年貯金でニートをして好きなことをするのも、充実した人生だと思う。働きたくない人にとって辞めたくても辞められない蟻地獄のような人生にならないようにしよう。
 
 
進学する学生や在校生のみんなもおめでとう
今が一番楽しい時期で、学生時代というのは桜の木に喩えるなら桜が咲いている限られた短い時期だ。学生が終わった後の人生なんて花が無残に散った後。余生だ。
 
 
人の一生を、短く儚い桜のようだという喩えがあるけど、俺はそうは思わない。
もし桜の花くらい潔く人生が終われるなら、俺の人生、桜のようにあっさり散れたらいいのにと思う。
 
桜が咲いている時期が学生時代だとしたら、散った後が学校を卒業した後だ。学生時代は桜の花が咲いている、短くて限られた、一番美しい時代だ。家族にも学校にも法や制度にも庇護されて、会社のような上下関係や利害関係を無視した友達ができるチャンスと、何より色々なことを考えたり、試行錯誤できる時間という最強の資源が与えられている。大人になって振り返った時に、学生時代にやり残したことがないように生きよう。

 

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今週のお題「卒業」

アトピーの人はブログやってみたら?

雑記

病院・医院の建物イラスト(医療)

 

俺はアトピーについての知識はないから病気のアドバイスとかは出来ないけど、

アトピーで悩んでる人はもっと情報発信すればいいのにと思った。

 

病気を一人で抱え込むのは辛いし、自分が調べたことをブログにまとめれば同じ病気に悩む人の役に立つかもしれないし、治療日記はネタが尽きないだろうし、病気系の悩みはアクセス数は少ないものの、内容が充実していれば一定の需要はあるはず。

 

商品を購入したものをレビューすれば、アクセスが集まって治療もできるとか一石二鳥だし、収益が上がればあわよくば商品代がペイできるかもしれない。実質タダで治療しつつ人の役に立てるとかめっちゃ夢が広がるやん。

 

ただ流石にアトピー専門のサイトを立ち上げてがっつりアフィリエイトして稼ぐのは、新規参入だと結構ハードル高いかもなあ。あくまでも収益に拘るサイトを作るというよりも、自分のアトピーを治療することを目的にやるスタンスの方が現実的だと思う。日記くらいのスタンスでもランキング上位は狙えるんじゃね?と思った。

 

軽くA8でアトピー関連の商品を見ていたら案件もそこそこあるみたい

 

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でも俺アトピーじゃないから詳しくはわからんけど、なんか胡散臭え…

こういうの治療法として有効なのか?

こうも多彩な商品があると、本当に全部がアトピー治療に有効なのか、病気に苦しんで縋りたい人につけこんだ商売なのではと邪推してしまう。

 

俺も中高生のときは顔面がニキビらだけだった経験があるけど、化粧水にしても効果があるやつと効果が薄いやつがあって、効果が薄いやつのほうが圧倒的に多かったからなあ…。

体質や肌質は人それぞれだし、こういう治療型のアフィリエイトで信用を得るのは難しいんじゃないか。でもだからこそ実際に使った上でのレビューには価値があると思うんだ。

 

 

最後に俺の経験談。俺も乳幼児の頃はアトピーが酷かったらしくて顔面を掻き毟っていたせいで常時血塗れだったらしい。今でもカーチャンやバーチャンに言われる。

カーチャンは治療のために浄水器とか買ったりしてくれたらしい。そのお陰かどうかは分からないけど今ではアトピーの症状はなくなった。

 

アトピーはなくなったけど20歳くらいから、毎年だいたい冬が始まる頃に手か足の皮が剥がれてくるようになった。

皮膚科に行って診てもらったら完治する方法はありません。症状が出始めてから薬を塗る対症療法しかありませんとか投げやりな診察をされた上に、初期診察で5000円くらい取られた。しかも貰った薬が全然効かなくて、病院に行ったことを激しく後悔した。

 

ちなみにそれより前に別の皮膚科で診てもらったら水虫だと診断されたが、その病院では水虫ではないと言われた。ふざけんな。

 

冬が終わりかけている今、通年通り左足にあった症状が治りかけてるし、疼きも痒さも殆ど無い。

けど5センチ程度の症状でも、走ったり飛んだりも出来ないし歩行すらしたくないのに、顔とか背中とか広範囲ががアトピーの人は本当に難儀だと思う。俺にはアトピー患者の人に何も出来ないけど、アフィエイトやブログのことならば少しは力になれるかもしれないです。。。

 

全てのアトピー患者の症状が少しでも快復することを願っています。

音楽とYouTubeは麻薬。いい加減時間を無駄にするのをやめたい

チラ裏

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外にいるときに手持ち無沙汰になったら、取り敢えず音楽を聴いてしまう。

基本、何の目的もなしに音楽を聴くと言う行為は、俺にとっては何も生み出さない逃避行為だし、当たり前だけどその時間は音楽を聞くことに意識が向いてしまうため、本を読んだり、じっくり考えたりなど、他の行為が一切出来なくなる。

 

実際ここ2ヶ月の無職生活でも、やることが一段落ついて何となくYouTubeでひたすら音楽を聞いたり、つまらない動画を見たりして時間を粗末にしていることが多くて、もうこんな時間かよって思ってその時間他のことに使えたなって悔いることが多い。

それどころか、やらなきゃいけないことがあるのにYouTubeを見ていつまでも手につかないことや、面倒なことから逃げるために動画を見たり。今の俺には明らかに動画や音楽の存在が毒になっている。

 

昔から特にやることに追われていないときは動画に逃げてしまう悪癖がある。

動画は音楽がタダで聴けるし面白い動画も多いし、役に立ったり知的好奇心を満たすことに貢献してくれるけど、情報を受け取るだけで、深く考える機会を奪っていくし、ダラダラと動画を見てた時間があれば考え事が出来たり、空いた時間を他のことに使えばよかったと後から後悔することが多い。

 

音楽を聴かなくなるのはカラオケ好きとしては苦渋の選択ではある。最近まで1年位ほとんどボーカル曲を聞かなかったんだけど、久々にカラオケに行ったら歌い方を忘れて歌えなかったり、酷いものは曲のメロディーすら記憶から消えていた。もうカラオケという趣味自体が自分に合っていないのかもしれないと思い始めた。

 

音楽や動画サイトは楽しいし俺みたいに現実が面白くない人生を送っている人にとっては有用な娯楽の一つなんだけど、思考を止めてただ漫然と動画を垂れ流しにするのは、まるで休みの日に1日中流れているテレビ番組をぼけーっと眺めている無気力な中高年と同じじゃないか。これは人生に彩りを持たせる娯楽とは言えないんじゃないか。

 

もう手術レベルで意識改革しないと治らない気がする。やっぱり俺は生粋の怠惰で無気力で非生産的な人間なんだなと自覚してしまう。