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20代のモラトリアム

働くことが嫌すぎて仕事を辞めてニートになったゆとりのブログです

社畜生活は生きてても地獄、死んでも地獄

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思えば嫌なことから逃げ続けてきた人生だった。

辛いことや面倒なことからは極力関わらないようにして、楽な方へと流されているうちに成人してしまった感じ。

 

「将来の事なんてさきのことだしワカンネ」

「今が楽しければそれでいい」

「未来のことは未来の自分に任せよう」

 

取り敢えず就職して大人の仲間入りしてみたものの、「仕事が嫌だ」「働きたくない」と思ううちに、仕事を辞めたいと考えるようになって、じゃあ辞めたとしてその先の自分の理想とする人生はどんななのか、この先の人生をどう生きるのかをようやく真剣に考えるようになった。

 

労働や将来に対する価値観は十人十色だと思う。

学生の頃から自分に向き合い、将来の自分をイメージして理想の生き方を実現しようとする優秀な人もいれば、親や友達、社会に流され就職して、会社や社会の奴隷として社畜になって、自分が奴隷になったことに気づかない愚か者とか色々な人がいると思う。

俺はそういうことを考え始めるのが遅かった。精神的な成長が遅かったのかもしれない。実際に就職するまで気付けなかった結果、今のようになってしまった。昔から先のことを想像することが苦手で、学生の時の卒業文集など、将来を書く欄には適当なことしか書いたことがない。今だって老後はおろか、10年後に何をやっているかすら全く想像ができない。

 

年をとって痴呆になって体も衰弱しヨボヨボになっても、惰性だけで生き長らえようという「生への執着」は俺にとって汚らわしさすら感じるんだけど、

実際に年をとってみると思ったより人生楽しい事に気づいて「死にたくない」と考えが変わるかもしれないから、今の考えがずっと続くと言う保証もない。(生きたくても生きられるのかは分からなけど)自分の都合がいいタイミングで人生からログアウトするにはどうすればいいだろうと考えている。安楽死制度はよ。

 

話がそれるけど、NHKの教育番組、ひとりでできるもんの初代まいちゃんが、33歳の若さでで病死したというニュースを知った。

 

死んだまいちゃんは会社員じゃないけど、仮に俺が会社を辞められなくて社畜を続けて33歳で死んだ時に、自分がしたいこともできないまま若いうちに死んでしまったら深い未練を抱えたまま逝ってしまうんだろうなと思うとやるせなくなる。

 

もちろん老後に希望なんてないし長生きしようなんてこれっぽっちも思ってないけど、それにしても会社の奴隷のまま30代で死んでしまったら、俺の人生は何だったんだろうと思う。

働いている時間でできる自分がやりたいことを我慢して、残業をし、一日の半分を会社に捧げ、納期に追われ、上司や客になじられ、ストレスを受け続ける毎日が40年続く地獄のような生活が毎日繰り返される。それもあるかわからない自分や家族の老後のため。年老いて働けなくなってのうのうと生きるためには、若いうちに自分の時間を売り払わないといけない。

 

でも定年退職した後の老後のために貯金をしたり保険に入ったり備えていたとしても、まいちゃんのように病死や事故死であっさり人生は終わってしまう。人生いつ死ぬかわからない上に、老後の希望なんてないんだから、肉体的にも精神的にも充実してる若い時代に、自分の好きなような人生を送れれば、仮に30代で死んだとしても社畜のまま死ぬより未練はないだろうなと思う。

 

こういうことを言うと老害に、若いから老後のことを考える想像力が足りないとか批判されるかもしれないけど、そういう人に限って「自分や身の回りの人間に限って突然死んでしまうことなんてない」と死から目を背けてるんじゃね?と言いたい。

自分はたまたま運良く生き残っているから、その幸運を自覚していないだけだと思う。経済も治安も恵まれている平和な日本ではそうなるのもわかるけど、ある日突然死んでしまうことだって珍しいことでもないし、現に日本では一日に三千人くらい死んでいる。自分がいつ死んでもおかしくないという意識が薄い、想像力が足りない人なんだと思う。40年以上の間、何事も無く生き残ってるのなんてなかなかに運がいいと思うんだけど。

 

何が言いたいかって言うと、お金は時間で買えるけど、時間と命はお金で買えないから、若いうちに自分がやりたいことを全うすれば死ぬ直前になって慌てたり未練が残ったりすることはないと思う。自分のしたいことだけを優先した人生を送れるっていうのは、人間にとって一番幸せなことだと俺は思っている。やりたくないことを回避し続けて楽しいことだけをしていればそれは文句無しに楽しい人生だったといえるのではないだろうか。