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20代のモラトリアム

働くことが嫌すぎて仕事を辞めてニートになったゆとりのブログです

仕事を辞めるしか無かった理由

自己分析 社畜

※終始自分語りなのでご了承ください。

 

新卒で入社した会社を1年と9ヶ月で退職した。

もし退職していなかったら、昨日からまた憂鬱な面持ちで通勤して仕事をする日常を再開していただろう。

だけどその会社にもう俺の籍はない。俺の居場所はなくなったのだ。

 

↓2016年に俺がツイートした言葉のまとめ

 

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まあこれを見たら分かる通り、辞めたいと思う気持ちに嘘はなかった。

業界も、仕事内容も、生活も人生も、何もかもが嫌だったから。

 

憂鬱な仕事に行かなければいけないと言う思いで目を覚まし、

通勤の電車は、寝るか、スマホでSS(二次小説)を読んだりWikipediaを読んだり、現実逃避をすることでなんとかやり過ごし、会社の前で意識を整えて、気力を絞って挨拶をして1日が始まる。

 

約2年間、一度も意識が変わることがなかったし、慣れる気配もなかった。

こんな生活をいつまで続ければいいんだろう。この先ずっとこの生活をして働かないと生きていけないのか。

社会に生きることを許してもらうにはこの生活でないと許してもらえないのか。

 

こんなの生きてないのと同じだ。今歩よりか楽しかった学生時代の思い出とともに死んだほうがマシだ。通勤中、仕事中、帰宅中、そんなことをずっと考えていた。考えない日は無かった。

 

そんな憂鬱な毎日だったけど、いざ辞めたら後悔してしまうんじゃないかという恐怖もあった。

特に去年は「辞めたい。けど本当に辞めていいのか、辞めたら後悔するんじゃないか」と葛藤する1年だった。

仮にも新卒で入った会社を大してキャリアも積まずに、再就職先も進路も決めずに辞めるというのは確かに無謀だと思う。

 

だから、辞めようと思った入社2年目の4月から9月まで、退職したいということを上司に言えないまま時間が流れ去った。

管理職の上司に直接言うには、昼休憩しかチャンスがなかったから、話を切り出すのは本当に気力を振り絞った。話をしても言えない日が続いたし、その後の午後の仕事中に振り返って、「馬鹿野郎、なんで言えなかったんだよ」と自己嫌悪に陥る日々だった。

 

仕事は好きじゃなかったし、1,2年じゃ愛社精神なんて対してなかったんだけど、迷惑をかけたり、お世話になった上司の反応を見るのが怖かったし、これからの人生、ひょっとすると取り返しのつかない決断をすることに物凄いエネルギーを遣った。

これが正真正銘のブラック企業なら、何の躊躇もなく辞められたんだろうけど、管理職の上司はいい人だったし、多分順当に会社に努めていれば、役職がついて安定した給料がもらえていたのも、躊躇った理由だった。

 

この頃から積極的に本を読むようになった。読むのは人生や生き方、労動に関する本で、ブログなどのネットで紹介されていた本を読み漁った。自分の考えに、識者の言葉を借りて説得力を持たせたかったのと、自分が間違っていることと同じことを書いてある本を読んで、自分と近い考えを持つ本に救いを求めていた。

 

会社を辞めたい事を伝えてから、約3ヶ月後、年末に退職が決まった。

新年が始まってまだ5日目だけど、俺に早めるという選択肢しか残ってないのは疑いようがないんだけど、それでもこの先100%辞めたことを後悔しないとは言い切れないと思ってる。都合が良い生き物なのは自分が一番分かってるし。

もし辞めることを後悔した状況に陥って、あの時やめなければ…という思考になったときのために、辞めるしか無かった理由を自分のためにまとめてみた。これは気持ちの整理であり、これからを生きるための教訓でもある。

 

辞めるしか無かった理由

仕事によるストレスが原因で入院

入社して半年、その頃は残業が極まっていた。だいたい日付が変わる頃まで仕事をしていたっけ。

入社当時は優しかった上司も本性を現し始め、仕事で怒られることが多くなったし怒鳴られたり暴言でなじられたりすることも頻繁にあった。

心の中では、「このクソ野郎、こんな会社いつでも辞めてやるわ」と思っていたものの、流石に日に日にストレスが溜まってきたのと、もともと仕事内容に価値を見いだせなかったのもあって、働くことが苦痛なものだと認識するようになった。

嫌なら辞めろと言われそうだけど、入社1年は辞められない。失業手当も貰えないし、再就職するにしても人間関係がまともになる保証もないし辞められないという心のブレーキがかかって、俺の精神はパンクしそうだった。

 

入社して数ヶ月なのにもかかわらず、帰宅は日付が変わるぐらいまで長引くことも多かったので、趣味や自分の自由時間に当てる時間も無かったし、リアルで話せると友人も新しい出会いもなかったため、鬱屈した世界でストレスを蓄積するだけの日々を送っていた。

 

おまけに、新人だったからという理由で、タイムカードは定時で押すようにと言われていたも理解できなかった。

要するに残業代は一切出ないということで、定時以降はほぼタダ働きの毎日だった。もちろん何年も会社にいる人と同等の仕事ができているなんて思わなかったけど、サボらずに会社の仕事をやっているのに、嫌な仕事を我慢してやってるのに成果として還元されないのに納得がいかなかった。毎日が苦痛なのにスキルアップの為などというポジティブな思考にもなれなかった。

 

ある日、その日の帰りは11時頃だった。

帰宅後、夕食を食べ、食器を洗っていた時に、蓄積した仕事の疲労やストレスから、無自覚に投げやりになっていたのか、スポンジで茶碗をこすると気に力んでしまい、茶碗がまっぷたつに割れて、割れた断面に親指の付け根が食い込んだ。

鈍い痛みとともに、親指の付け根に穴が空き、そこから血が噴水のように飛び出した。

すぐに車で病院に連れて行ってもらい、手術をした結果、結局全治1ヶ月の怪我と診断され、即入院が決まった。

 

当然会社にはいけなくなり、休暇を取って入院することになった。

本格的に真剣に退職を考えはじめたのはこの時だった。 

ベッドに横になり、カーテンで囲われて、窓も見えない外と隔離された空間で天井を見ながら、このままの生活を続けるのかと自答していた。

 

退職してもまたこんな生活が再開するのか。

これが人生なのか。こうしないと人間は生きていけないのか。

金があってもこんな毎日なら楽しいことなんて無いじゃないか。

俺の人生、嫌なことをすることでしか生きるのを許されないというのか。

他の人はどうだろう。同じように嫌で嫌で仕事をしている人はいないのか。

それでも耐える理由はなんだろう。とか考えて、考えたことをノートに書き殴っていた。

 

自分なりに沢山考えて考え出した結論は、取り敢えず1年耐えよう。考え直す時間分の貯金をして、失業手当を貰って、最低限の職歴を作ろう。と言うものだった。

今後の人生でこの会社を退職したことを後悔するかはわからないけど、やり直す準備をしないまま退職すると絶対後悔すると思った。

結局、2年弱も続くことになったんだけど。よく続いたもんだ。

 

資格試験を2年連続でスルー

仕事に興味がなかったので、仕事の内容の資格を取って、仕事を頑張るという発送がなかったので、残業続きの

変わることがない仕事に対する憎悪で、夜遅くに帰宅してから勉強をするというモチベーションなんて起こらなかった。

勉強ができなかったと言い訳を言うつもりはない。勉強がしたくなかった。

結果、受験料を払っただけでろくに勉強もせず、受験すらしなかったと言う失態を2年連続で犯した。(2回目は受験日をすっかり忘れていていつの間にか受験が終わっていた状況だった)

2回目が終わった後、ああ、やっぱこれじゃダメだなと思って諦めることを決意した。

 

毎日が地獄

仕事そのものが嫌いで、嫌いな仕事のために朝早く起き、夜まで働かされる生活を強いられる生活スタイルが不満で、いつまでこの生活が続くんだろうと思う日々だった。

 

仕事中は学生の頃を振り返ることで辛い現実から目を背ける毎日だった。

たまに会った人に相談したら「過去のことを振り返るのは現状に満足してないからだ」と指摘されたけどその通りだと思う。

学生の頃だって嫌なことは数え切れないくらいあったのに、あの頃は良かったと思えるのは、話し相手(敢えて友人とは言わない)がいたからと、趣味に使える時間があったからだ。退屈な日常でも、嫌なことが会った日でも、話し相手や夢中になれる趣味があれば気を紛らわせることが出来た。

 

就職先で毎日顔を合わせるのは、大して親しくもない職場という共通点しか無い職場の人間と、俺を頭ごなしに恫喝する敵のどちらかだ。

挨拶する声を振り絞るだけでエネルギーを使った。社内だけでなく、社外の人と電話で話をするのなんて、MPが無くなりそうだった。

 

休日は、不足気味な睡眠時間を取り戻すべく回復に充てるか、自分の自由時間を取り戻すために使うかで、この先会社でやっていくことを考えたら、仕事のことを勉強すべきだと理解していたけど、結局一度も実行することはなかった。

だいたい日曜の16時頃からは、明日に控えた仕事やクソ上司のことが頭に浮かんできて休息日なのに憂鬱になっていた。

 

あと、趣味が多くて、時間がかかるものが多いから、自分の時間が全然ないのも生きてる実感がしなかった。自分の人生を充実させるための仕事なのに、その仕事が嫌なことしかなくて充実するための要素が何もないんなら、人生の価値を奪う労動は憎悪の対象でしかないと思った。

 

長時間拘束されて、時間に追われてあくせく働く生活がスタンダードだとしたら、辞めたい、働きたくない人は自分の人生をどう見つめているんだろう。

仕事にやりがいを見いだせる人なら、それは充実した毎日を送っているといえるかもしれないけど、そういう人ばかりではないと思う。そういう人にとっては学生時代が終わったら後は余生で、エンディングのスタッフロールだ。

体感時間も短く感じるらしい。こう考えると人間は働くために生きてきたというのは現実味を帯びてるように思えてくる。

 

やる気がなかったから会社のために辞めてやった

俺みたいな能力もなく、向上心さえ無い奴が居ることで会社にとってもプラスにならないだろうし、求められるハードルが高くなっているのに恐れていたのかもしれない。それくらい俺は仕事が嫌いだった。

 

仕事中に煮詰まったらトイレに行くついでに非常階段があるところでスマホやストレッチをすることで時間を潰していた。

こんなのは俺だけじゃないだろうか、他の普通に見える人もそうなんだろうか、こんな働いたり、する人が、同じ条件で苦痛に思わない人と競争しても勝てるわけ無いだろう。とずっと思ってた。

 

"辞めるか迷う"じゃない、"辞める以外の選択肢は無かった"

向上心も目標もなく、嫌な仕事をダラダラやって上司に怒鳴られ、くたくたになって帰宅して寝るだけの生活で終わらせたくなかった。

というか終わらせたくないというか、仮に無理して続けていても確実にいつか折れていたと思う。線路に飛び込むかビルから飛び降りるかは分からんけど。

この腐った現状を打破するには、他人に頼るのではなく自分でアクションを起こすしか無いから、スパッと会社を辞めて一度自分がどういきたいかを見つめ直したいと思った。

 

会社員時代には無理だったことが、今なら出来る。

 

俺の時間は俺だけのものだ。

 

こんなチャンスは、貯金が残っている今のうちにしかできないから、就職して失った幸せの欠片を取り戻したい。