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20代のモラトリアム

働くことが嫌すぎて仕事を辞めてニートになったゆとりのブログです

人生経験ない人のポリシーなんて薄っぺらいわ

チラ裏

ピーターパン症候群のイラスト

 

しん‐ねん【信念】

正しいと信じる自分の考え。固く思い込むこと。

「信念を貫き通す」「固い信念」

 

俺が築いてきた信念は薄っぺらかった

” 愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ ” というのは、ドイツの初代宰相だったビスマルクの格言だけど、他人の意見の影響だけを受けて自分の信念を築いても、自分の経験に裏打ちされをしないとわからないものは多いと思うし、

まして経験していないことを不要なものだと思い込んで自分の可能性を狭めるのは、自らよりよい選択を捨てている可能性があって勿体無いことだし、いずれ本当にこれでいいのかと思う葛藤と戦うことになると思う。

 

俺も一応23年も生きちゃってるから、その中から得た教訓をもとに自分の信念は固めてきた心算だ。

他の人からも「自分を持っている」とか「ぶれない」とか言われたことも少なくない。

自分でも他人に流されず自分の信念を持っている自分が誇らしいと思っていたけど、

それは浅い思考や薄い人生経験によって発生した選択肢から導き出した信念で、確固たるものだと自分に言い聞かせていただけで、強いと思っている信念でも、小さな罅がある限りは、罅割れしやすくて脆いものでしかないと思うようになった。

 

 

例えば、喫煙。

未成年の時は、散財して自ら健康を損なう行為をした挙句、吸い殻や臭い煙を撒き散らして真っ当な人から疎まれている喫煙者や、同年代の癖に粋がって喫煙をしていた同年代の猿どものことを軽蔑していたけど、

ある時ふと、これだけの人が煙草を吸い始める、もしくは吸い続けるのは、デメリットを上回るメリットが享受できるのではないかと思った。多少の健康を代償に幸福感が得られるなら、それを知らないまま一生が終わるのはとても勿体無いのではないかと思い、少量ではあるが試しに吸ってみた。

 

結果は案の定、体臭や服が臭くなるし、別に美味しくもなく、吸っても気持ちよくもないことが分かって、俺に煙草は向いてないなと思ってあっさり吸うのを辞めた。

結果的に向いてなかったけど、向いてないとわかったのは実際に試したからだ。

 

だけど2箱程吸ってみて合わないと結論が出たにも関わらず、

たまたま吸った煙草の銘柄が合わなかっただけで、沢山ある銘柄の中からベストなやつと出会えなかっただけかもしれない」とかいう疑惑は完全には消えていない。

「やっぱり俺には向いていない」と学習したことによって得たはずの信念だけど、この先絶対に揺らがないという自信が持てるほど今の俺は強くない。

 

 

例えば、恋愛。

今まで俺は本気で誰かを好きになったことがない。

 

一応恋愛っぽいことをしたことがないわけじゃないけど、よく世間で言われる、恋愛に夢中になって、いつも相手のことが頭から離れなくなったり、相手に愛されたいという欲望が仕事や活動のモチベーションになったりとかそのレベルに達した記憶がない。

そういう状態は愚かだと思うと同時に憧れがあって、絶対人生が楽しいだろうなと思うし、それほど恋愛や結婚は価値があるものだからこそ、多くの人が恋愛をして結婚をして、その結果今の俺達は存在しているんだ。

 

俺の場合、自分のそういう経験を振り返った今の感想は「こんなもんか」程度しか残っていない。

そう考えると俺が経験した恋愛なんて実はごっこ遊び程度のもので、人生が明るくなるほどの恋愛を経験できていないから、恋愛で人生が楽しい人の気持ちは分からず終いだ。

 

まあ俺は恋愛や結婚なんて自分に向いてないと分かっているけど、

心の中の1%くらいは、俺が気付かなかっただけで実はその考えが変わるほどのいいものなのかもしれないという疑惑が残っている。

1%でも存在する以上、これからの長い人生において価値観が変わる出来事に遭遇した時に、その1%が大きくならない保証なんてない。

その1%が大きくなって俺の心を支配して後悔する可能性だってある。

それでもありえないと言い切るには恋愛はクソだと思えるほどの経験が必要だと思うわけです。

 

 

例えば、労働。

実際に働いた結果、俺の思った通りだった。

労働に適正がないことはよーく分かったし、これ以上は無理だと思ってガチで辞めてしまった。

この経験が自分の信念を固める根拠になったのは間違いないし、これ以上は無理だと思ったのは間違いないと確信しているけど、労働そのものを否定していいのかという疑惑が残っていないというと嘘になる

 

世の中にある無数の仕事の中には、もしかしたら自分でもやっていける職業があるのかもしれないし、例えば今後恋愛をして誰かを好きなって他人のために働かないといけなくなったら考えが変わる可能性だってある。それをありえないと断言できるほどの人生経験がないんだよな。

 

逆に言えば、働きたくないという信念が揺るぎない強固なものであったとしても、今の俺には実現するための実力も経験値も足りないから、ゆくゆくはその信念を置いてまた労働者生活に戻らなければいけないという現実がある。信念を貫くためには実力が必要で、その実力も経験によって培われるものだから、どちらにせよ経験値は必要だということ。

 

信念を築くのにも貫くのにも経験が必要

信念を築くためにも様々な経験が必要で、築き上げた信念も、1%でも不安や疑惑があれば綻びてくるものだし、時間の流れによって変わる可能性もある。

今まで俺が固めてきた信念なんて、狭い選択肢の中から絞り出された搾りかすみたいなもので、その信念も、1%のひび割れで簡単に崩壊してしまうかもしれない弱いものだった。揺るぎない信念を持つことには憧れるけど、今の俺は1%の「本当にこれでいいのか」という疑惑に打ち克てるほど強くはない。俺が大事にしていたポリシーというものは脆弱なものだと思ってしまう。

 

強固な信念を築くためにも、そしてその信念を貫くためにも、自分の経験は必要不可欠だという結論にたどり着いた。なんか今しかできないバイトでも探してみようかな…。